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第2弾 『戦国武将の後継者(継承)成功例』

歴史好きコンサルタントの勝手な持論をもとにした、『戦国武将の後継者(継承)』について語るブログ記事です。

相変わらずの手前勝手な歴史解釈と、決めつけ人物像で「後継者ならびに事業継承」をひも解いていきます。
今回は、戦国三英傑の一人である「徳川家康」とその後継者である秀忠、家光について考察していきます。

とはいえ、3世代について考察するとかなりの長文になることは必至です。一度に書きあげるにはPCを見続ける眼球が悲鳴を上げるため、3~4回に分けて書こうと思います。

で、まず最初は軽~く、徳川家康に関して書いていきます。

まあ、前回の信長時にも書きましたが、徳川家康について今更事細かに解説する必要はないでしょう!

艱難辛苦を舐めながらも、忍耐強く戦国の世を生き抜き「天下統一を果たした」稀代の英雄であり、二百数十年に及ぶ江戸幕府の礎を築いた武将です。

ところで、子が親を、弟が兄を、家臣が主君を裏切り、刃をむける『下剋上』の時代に、地方の守護代の家柄に生まれた家康が、大名となり東海一の弓取りと謳われるまでの武将になりえたのか?
そして、徳川家の盤石の家臣団をどのように率いてきたのか?

今回の後継者(継承)において、この答えが大きなポイントになると思っています。

実は、徳川家康ほど『洞察力』に優れた戦国武将はいなかったのではないかと思っています。

「洞察力」については、以前のブログ記事にも書きましたが「数多くの経験値の置き換え」であり、徳川家康は幼少のころから青年期に至るまで織田、今川両氏の人質として過ごしたため、不遇の時代に培った処世術を駆使することで『人(家臣)の忠誠心と反逆心』を見抜き、人心掌握と操縦に優れた能力を発揮したのだと思う。

つまり、信長が『大うつけ』と言われるような奇抜な言動で自分の腹心をとなる部下を育成したように、家康は不遇の時代に培った『洞察力』を持って部下を統治する事が出来たのだと思う。


フゥ~、第一弾でここまで書いて疲れました…。


結局のところ、徳川家(当時は松平家)を再興する後継者として、戦国の世で老若男女の家臣と民を率いていくには「武力」、「知略」ではなく「人心掌握」という術を駆使したわけです。

中小企業の社長様

ご自身が起業するとき、または先代から事業を引き継いだときに一番の苦労は何でしたか?

恐らくは「人の問題」だったことでしょう…。

二言目には

『給料が安い』

『気に入らないから辞める』

と、いう従業員、スタッフが多くなだめすかして働いてもらうことに苦労しませんでしたか?

そんな「苦労」を家康は『洞察力』によって、「活かす人物」、「捨てる部下」を見極め緩やかな変化の中で処理していったのです。
そんな、処世術を次世代に伝えていく努力を惜しまなかったことが、江戸幕府を築いたのです。

経営者の皆様、長きにわたって繁栄する組織にするため、人の見極め出来ていますか?


では、次回は「後継者・徳川秀忠」について考察いたします。


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「悔しい。今から挽回!」

先日、あるコンサルタントの方のブログを拝見した。

内容としては、なるほど…って思わせるブログだったので、時間を掛けて最初から全部の記事を読んでみた。

その方が「コンサルタント」として独立するまでの経緯、「なぜコンサルタントを生業としたのか」などなど、熱い想いが伝わってきた。

そのブログの記事の中で、ある一文に釘付けになった。

『クライアント(見込み客)の獲得に対して、HP、FB、Twitter等をフル活用して間口を広げ集客できる仕組みを上手く利用しないのは間違っている。今は、SNS時代なので使えるものは使い、新しい切り口を常に提案するのがコンサルタントの役割(使命)』

みたいな内容だった。(本当は、もう少し簡潔に書いてましたが、自分の中で勝手な翻訳しています。)

おっしゃる通りだった。

今まで、色々な方々のご縁とご支援でクライアント様に巡り会うための「営業努力」をしていたかと問われると、あまり積極的ではなかったように思う。
信念を持ってコンサルをしていれば、運命が引き寄せる…みたいなチョット宗教がかった思いもあったと思う。(重要なこととは思うけど)

ヤッパリ、使えるものはすべて使い「クライアント様のために粉骨砕身で頑張っる」と同じように、「しっかり稼いでこそ、本当のコンサルタント」だと気付かされた。


HP、FB、Twitter、LineなどSNSを全然使いこなしていない自分に

『メッチャ、腹が立つ!』

人が実践していて自分が出来ていないことが

『胸くそ悪いくらい』、『悔しい!』

そう思ったら、

『今から挽回するしかない!』


心機一転、頑張る!

ということで、解らないことは

『人に教わる』(聞くは一刻の恥、知らぬは一生の恥)

を実践します。

ご教授頂きたい方に突撃アポかけるぞ!(指名された方は拒否らないで、優しく指導お願いします)



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 『織田信長、信忠親子にみる後継者像の失敗例』

さて、頑張って本日2回目のブログ更新です。
早速ですが、皆さんは「織田信忠」という人物をご存知でしょうか?
恐らく、多くの方々は「誰?」、「スケート選手の兄弟?」って感じではないでしょうか…。

歴史上では織田信長の嫡男として、織田家の家督を相続し美濃、尾張を治めた大名なのですが一般的にはあまり知られていないのが実情ではないでしょうか…?

とはいえ、信長の威光もあり数々の戦では戦功を挙げているのですが、個人的には「?」って感じです。というのも、この御仁は、総大将と言っても戦の軍勢には信長配下の武将「羽柴(豊臣)秀吉」、「前田利家」、「明智光秀」ら錚々たるメンツを従えていたわけで、殆ど何もする必要がなかったのでは…?と思っています。(ま、史実では武功を挙げたとされてますが…。)
つまり、信長が、織田家の家督を継継がせるべく「安パイの戦」で張りぼての成果を挙げさせ、官位を得て地位を確保させようとしていたのではないかと疑う余地がある。ま、この辺りは織田信長が世間から「鬼神」とか「魔王」と畏れられていたとしても、人の親だったのかと思わせもするのですが…。

ただ、これだけで失敗例と決めつけているわけではありません。

織田信忠は、本能寺の変で信長が討たれた後、どうしたかご存知ですか?
普通は弔い合戦の上で、信長の遺訓として天下布武を成し遂げようとするって思う(これは秀吉が行った)のですが、なんと、この御仁、信長の後を追って『自害』しとるのです。

数々の戦で武功を挙げた武人が、親の仇も討たず『後を追って自害』ですよ~。

ま、諸説色々とあり、ここに描くのは個人的な偏見に満ち溢れた持論ですのでご容赦いただくとして、ハッキリ言って『信長に殉じた』と言えば戦国の世の美しい親子愛のように聞こえますが、個人的に言わせていただければ『ボンクラ』以外の言葉が見当たらない!

そして、織田家を揺るがすような一大事の際、どの様に対処するべきかを何ら教えていなかった『信長』も「大うつけ」だったんだと思う。

ま、戦国の世なので「子が親を討つ」なんてこともあり、自分の子ですら気を許せなかったのかもしれないという事は考慮したとしても、織田家による天下統一の野望をあっさりと「豊臣秀吉」にさらわれる様な不細工な所業と言わざるを得ない。
(なんか、織田信忠のことスッゴク嫌ってるみたいだ…。)

このことを、現代の企業経営と後継者問題に置き換えて考えてみよう。

抜群の経営感覚と実行力で企業を成長させた「カリスマ社長」が、突然亡くなった。残された後継者(息子)は、如何すればいいのか判らずに右往左往した挙句、突然の不渡り(もしくは不渡り回避のため自己破産)を出してしまう。

こんな事例とマッチしてしまうのです。

「一寸先は闇」と言う通り、何が起こるかわからないのに「後々の処し方」を教えなかった信長と、信長亡き後を如何に処するか無策だった信忠。

成功例である「織田信秀、信長親子」と比べると全く良いところなしだ。


中小企業経営者の皆さん。

明日も明後日も元気に過ごせるとは限りません。日頃の激務から、不慮の事故や突然の病に倒れることは珍しくない今の時代に、何があっても困らないように手は打ってありますか?
後継者には、万が一の時どうするべきかを考えさせていますか?

間違っても、俺の片腕の○○が後継者(息子)を支えてくれる!なんて思ってないですよね~。

秀吉や家康のように、自分の腹心と思っている役員、従業員は「簡単に裏切りますよ~」


『転ばぬ先の杖』
今こそ、「織田信長、信忠親子の失敗」を教訓にして、後継者とシッカリ話をする時だと思います。

本日はこれまで。

次回、「戦国武将の後継者(継承)」における成功例『徳川家康ー秀忠ー家光』編をお送りします。



納得!と、思っていただけましたら「拍手」をポチって押してやってください。
ブログ更新のモチベーションでございます。

『織田信秀、信長親子にみる後継者像パート2』

昨日は、長男の16歳の誕生日だったので、夕食も誕生日メニューで何時にも増して豪勢なディナーでした。お蔭で、食事後にパート2を書こうと思っていたのですが断念しました。

で、改めて織田信秀、信長親子にスポットをあてて後継者について考察してみる。

この歴史背景や人物像および歴史考察は、歴史大好き人間の持論であり、公式な見解とは大きくずれている点満載なので、その点はご理解ください。

さて、昨日のブログでは父親である織田信秀が、後継(家督相続)に対して「何をすべきか(残すか)」という課題に対して明確な答えを導き出していた、三つのポイントを書きました。

では、織田信長が後継者としての資質は備わっていたのか?よく歴史考察などで「大うつけ」と呼ばれるような行動は家臣団の中にいる「不満分子」を見極めるため、敢えて放蕩者を演じていたといわれているが、天下布武の道のりで打ち出している政治手腕をみると、若き日に自らの見聞で得た知識を信長流にアレンジしたのではないかと思う。その情報収集の仕方が能動的かつ細部に亘っていたために当時の支配階級には理解が出来なかったのだろう。
そういった点で、信長自身が後継者として「自分の代にすべきこと(したいこと)」を明確に描くために時間を有効に使っていたのではないかと思う。

後継者として成功事例に例える根拠として
第一に、後の黒母衣衆、赤母衣衆となる部下(代表格として、前田利家や丹羽長秀)の育成を規律を持って行った事である。これによって、先代の遺臣が居座り烏合の衆化し組織が肥大、疲弊することを回避した。(これが、気に入らぬ者は切り捨てると云われる由縁)
次に、楽市楽座に象徴される経済発展の方法を持っていたこと。現代の企業社会でもよくあるが、後継ぎとして入社後、即役員になり業績における実績は皆無というパターンは、大抵失敗する。また、安全パイの仕事を任せてハリボテの成果を作っても部下には見透かされ軽んじられてしまう。規模の大小を問わず、後継者は自らの『力(利益誘導の力)』を示す事で、リーダーの優位性を確保できるのである。信長は、父である信秀や舅の斉藤道三が築いた経済基盤をより発展させて、財力を強固にする術を持っていたことが後継者として優れた点である。
最後に、自らの目標(計画)を実現するための強固な意志と強靭な体力があったことである。歴史考察などで「気の荒い癇癪持ち」であったとは書かれているが、持病などで健康面に不安がなく数多くの戦場で家臣を鼓舞できた。後継者として『先代の衰える気力と体力』を補い、組織を維持拡大するための重要な資質は体力(健康な体)である。(因みに、戦国武将の上杉謙信は内臓疾患持ち、武田信玄は、癪持ちと持病があり大願成就出来なかった)

これらの根拠を考えると、織田信長は自らが後継者として継続のために何をすべきか?を、論理的に考え時が来るまで試行錯誤を重ねていたのだと考察できる。

信秀(先代)は、「引き継ぐべきもの」を確実に引き継いだ。
信長(後継者)は、「引き継いだものを守り、発展させる準備」を怠らなかった。
という構図が見えてくる。

つまり、現代の企業経営において、社長は「会社」という漠然とした資本を引き継ぐのではなく、資産、負債、資本、従業員および企業風土をどのような形で次世代に引き継ぐのか明確にしなければならない。また、後継者は「社長」という肩書(名誉)と収入を得るのではなく、資産、負債、資本そして従業員をどのように活かし存続発展させるか、具体的手法まで落とし込んで準備をしなければならない。


中小企業経営者の皆様にお伺いしたい。

事業継承として、「後継者の選定と次世代へ引き継ぐべきもの」の準備は進んでいますか?
会計士さんや、FPさんの「事業継承=相続」なんて真剣にやってると、困るのは次世代ですよ!

では、次回は後継の失敗例『織田信長、信忠親子の失敗例』について書いてみます。



今回の内容お楽しみいただけましたら「拍手」をポチッとお願いいたします。

 『織田信秀、信長親子にみる後継者像パート1』

歴史好きのコンサルタントによる勝手な持論をもとに、戦国武将の家督相続と現在の企業社会における事業継承および後継者育成を比較し、失敗しない後継者づくりを提唱しようという壮大な企みのブログへようこそ!

ほんの少しでも興味を惹いたなら、しばしお付き合いください。

さて、今回のお題は戦国武将の後継者(家督相続)における成功事例として、織田信秀、信長親子に焦点を当ててみよう。
ま、織田信長、信忠親子の場合は、後継者という点では失敗例なので、そこと比較していただくと面白いかも…。

で、まずは簡単に人物紹介です。
織田信秀 尾張守護代として今の愛知県尾張地方から西三河地方まで勢力を拡大。尾張守護であった斯波氏が弱体化し傀儡守護であったため、武功を持って勢力を拡大していった。

織田信長 ま、説明は不要でしょう!若年の時は「大うつけ」、家督を継ぐと「天下布武」を旗頭に戦国諸国を統一に乗り出した稀代の英雄。

今回、信秀、信長親子の後継(家督相続)が成功例という根拠は何か?
まず第一に、「大うつけ」と称される信長を廃嫡せず自らの後継者としていたこと。(信秀の重臣、平手政秀を傅役につけたことでも実証されている)
次に、信秀は勢力を拡大するなかで財の源となる要所を的確に押さえ、基盤を強固にしておいたこと。
最後に、稀代の舅「斎藤道三」との縁を紡いだこと。

と、信秀サイドから見ると「次の世代に何を残すか」という事が着実に実行されている。


っと、ここまで書いたら嫁さんから「ゴハン」の号令がかかったので、続きはまた後ほど書き綴ります。


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 『戦国武将にみる後継者』

小学校の頃から父親の影響で歴史が大好きだった。お蔭で、中高と日本史、世界史は勉強らしい勉強をしなくてもテストは殆ど、満点だった。今も、月刊誌の「歴史人」は愛読している。

『温故知新』という言葉があるように、歴史を振り返ると色々なことが見えてくる。

そんな歴史好きの自分が、特に惹かれるのが『戦国時代』と『幕末』の武将や志士の活躍にスポットをあてた小説、歴史考察本やTV番組で、一度嵌ると時間を忘れてのめり込んでしまう。
最近は、コンサルティングの仕事で「事業継承」という課題に取り組んでいる(資産譲渡、相続ではなく、跡継ぎ育成という面の継承です)こともあり、戦国武将の代替わりという視点で小説や歴史考察本を読み返したりしている。

で、全くの持論ですが「戦国武将の後継者(継承)」における成功例と失敗例を挙げてみた

<成功例>
織田信秀 → 織田信長
徳川家康 → 徳川秀忠 → 徳川家光
薩摩島津家(これは鎌倉時代から続いてますが…)
黒田孝高(官兵衛(如水)) → 黒田長政

<失敗例>
織田信長 → 織田信忠
豊臣秀吉 → 豊臣秀頼
武田晴信(信玄) → 武田勝頼

といった感じでしょう。

成功例、失敗例ともに、現代の企業経営における継承(特に、中小企業の事業継承、後継者育成)に相通じるものがある。

後継というテーマで、成功例、失敗例を解説してみたいと思う。


次回、「織田信秀、信長親子にみる後継者像」をお送りします。




訪問有難うございます。
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 『後継者』

企業経営において、継続することが何よりも重要なことです。

「一瞬だけガッポリ稼いでお終い」とパチスロのような感覚で事業が出来ればいいのですが、事業として始めた以上「辞める」のは「始める」以上に難しく、続けるのはそれ以上に困難なことです。

何故、続けることが困難なのか…。

事業を始める方は総じて「あふれでる情熱」、「無尽蔵な体力」そして「ビジネスのネタ」を持っている。ま、それらがなければ、起業しようとは思わないだろう。そして、情熱と体力をフルに使い自らのビジネスを売り込むことで、大きな利益を手に入れる事が出来る。

しかし、残念なことに人間である以上「あふれでる情熱」や「無尽蔵な体力」は加齢と共に減少していく。どんなに頑張って高い意識を持っていたとしても、必ず減少する。まして、「ビジネスのネタ」は、一度マーケットに出てしまえば同業他社や異業種からの追随と参入により瞬く間に枯渇してしまう。
ま、「ビジネスのタネ」はマーケットに受け入れられればある程度は継続できるし、二の手、三の手を打つことで対処できるのだが、一度失った情熱や衰えた体力は戻ってこない。

そうなれば、事業は衰退の一歩であり、衰えた企業が負債の弁済や従業員の雇用を考え、足掻けば足掻くほど深みに嵌っていき打つ手が無くなった時には「万事休す」である。

そんな企業の衰退を食い止め、再び隆盛を取り戻すために何をすれば良いか?

減少する情熱、体力と縮小するビジネスの優位性を補完していくのが『後継者』の存在である。

企業の存続と後継者

多くの中小零細企業が心血注いで守ってきた事業(家業)を、現代表者限りでたたむ事が増えてきている昨今、何故、継承できないのかを『後継者』にスポットをあてて考察してみたい。



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『マニュアル考 洞察力を身につける』

現状を打破してより良い成果を得るには、『洞察力を身につけ』駆使する事が絶対条件になる。

「洞察力」とは、第六感で得た情報から人や場の状態を変える力と定義づけたいる。

第六感の力って言われても、『それって何?』というのが率直な感想だと思う。そもそも、上手く説明できない、目に見えないモノだから「第六感」なんて曖昧な言い回しになっているのだから、そんな力を駆使しろと言われても…。

人によっては「甚だ迷惑なロジック」かもしれない…。

ましてや、上手く説明できない、目に見えないなんてモノは成文化できるはずもないので、伝え、教える事すら不可能になる。そんな、否定的なことをツラツラと述べたうえで「洞察力を身につけろ」とは、『何を言っているの?』って感じになってしまう。

上手く説明できなず、伝え、教えることも出来ない術を身に着けさせるってのは、滑稽な話だが『洞察力』を『経験の置き換え』とすると非常に判り易いはずです。

そう、人は様々な経験をしながら成長していくが、自らが経験したことをどんなに頑張って説明しても、相手にはその思いの1割も伝わらない。
企業においても社長さんや、部長さんが
「俺の若い時には…。」、「この得意先のクセは…。」
などと、部下や若い社員に熱っぽく語りかけたりします。
が、大抵は「このオッサン何言ってるの?」みたいな顔してますよね!

そう、部下や若手は経験したことがないから人の経験を聞いても理解できないんです。

『洞察力は経験値の置き換え』であるということは、経験したことを思いだし、現状に置き換えてシュミレーションをし最善の答えを一瞬のうちに導き出すことなのです。
つまり、『洞察力を身につける』ということは、数多くの経験をする必要があります。

変な例えですが、小中学校でイジメに合った子は、高校生に入学して周りを見渡して瞬時に『イジメる側の人間』と『イジメられる(いじられる)側の人間』を見抜きます。そして、自分にとってリスクの低い『イジメられる(いじられる)側の人間』とコミュニティーを形成します。ま、イワシが群れを成してマグロに捕食されるのを避ける行動と同じです。

小中学校という多感な時期に受けた「イジメ」の経験が、人の性質を見抜く『洞察力』を身に着けさせたのです。
そして、『洞察力』を駆使して「イジメ」という負の状態から“楽しい気の合う仲間と過ごす高校生活”を手に入れることに成功するのです。

マニュアルに頼らない仕事で確固たる成果を上げるため、『洞察力』という武器を手に入れたければ、積極的かつ能動的に様々なことに挑戦する『好奇心』と、常に人の喜ぶ笑顔を観たいと願う『優しさ』を持ち続ける必要があると考える。


最後に、『洞察力を身につける』ための「魔法の言葉」をプレゼント

『ハイ・ニコ・パ』
「ハイ」 … ハイ!と元気な返事
「ニコ」 … ニコッと笑顔で
「パ」  … パッと動く

実践すれば必ず人は喜んで笑顔を見せてくれる(優しさ送り)、実践すれば色々なチャンスが舞い込んでくる(好奇心返し)


もし、あなたがお子さんに『洞察力を身に着けさせたい』って、思うなら「ハイ・ニコ・パ」でお母さんのお手伝いをさせてみてください。
不思議なことに、お母さんを見ただけで「機嫌がいいか」を見分け、色々なことを先回りして行動するようになるでしょう!
是非、お試しあれ!

『マニュアル考 観察力を鍛える』

マニュアルを活用して成果を出すには、「観察力」を駆使するべきである。

五感をフル活用して、状況を把握する「観察力」は、昨日のブログで事例紹介したように、誰もが持っている能力だと思う。その能力を上手く活用できるかどうかは、「あなた次第!」ってことになる。

そもそも日本人は、「観察力」という点で世界的に見ても突出していたのではないだろうか?それを証明しているのが、町工場に代表される『職人』の方々だと思う。

よく町工場のオッチャンが、機械の調子や、原材料の特性を見抜いて微妙な調整(人はこれを「職人技」という)を加えて見事に加工していく様を、TVなどで紹介されているが、決して神様のように万能であったり、機械設計者よりも機械の内部詳細まで把握しているわけではない。

町工場のオッチャンは、「機械音」のわずかな違いを聞き分け、原材料の特性を見たり触れたりして瞬時に見抜いていたうえで、マニュアルに書かれている対処方法と刷りあわせているのだ。

勿論、マニュアルに解答がない場合もある。そんな時は、より専門的な見地のある人に意見を求めることで、高度かつ精密な成果を上げている。

「観察力を鍛える」ということは、五感をフル活用するということであり、五感を研ぎ澄ますには、見慣れた光景にも変化を感じるような「好奇心」を持つことだと思う。


もっと、掘り下げて考えていくべき内容の様な気がするが、次回は『洞察力を身につける』です。



コンサルタントの裏ブログ 
http://ameblo.jp/mlbnohoshi/

 『マニュアル考 観察力と洞察力』

機能のブログを読み返してみたけど、結論で何が言いたいのかよく分からなくなって尻切れトンボになってしまっていた。
自分としては、『マニュアルに固執=観察力と洞察力の劣化』という事を伝えたかったのに、うまく纏められていない。

改めて、自分の文章力の無さにトホホな気分です。

というわけで、順を追って『マニュアル』について考えを書いてみよう。

まず、マニュアルの必要性は昨日のブログにも書いた様にケース バイ ケースという事になる。企業の業務内容や活用の目的といったものによって必要であり、不要だと思う。付け加えるなら、「マニュアル」は最低限の状態を保証する「解答書」と同じと考える。
企業でよく言われる『マニュアル通りに…。』っていうのは、及第点で良しの考えであり、及第点を与えるのはマニュアルだから…。
そして、マニュアルがあったも及第点以上を取るため「活用」するには『観察力』が必要になる。マニュアルを必要としない(活用出来ない)で、及第点以上や独自の解決を得るには『洞察力』が必要だと考えている。


では、『観察力』と『洞察力』とはどういう意味なのだろう。
国語辞書を調べたりすると、色々な解説が書かれているが、
『観察力』とは、観る、聴く、触るといった五感によって人やモノの状態を知ること。
『洞察力』とは、第六感で得た情報で人や場の状態を把握し対処法を導き出すこと。
という意味だと自分では解釈している。

この解釈から、マニュアルを必要、活用するには「観察力」、マニュアル不要は「洞察力」と定義づけてみる。

すると、こんな例えが思い浮かんだ…。
奥さん(彼女)がニコニコしている⇒じっくりと観て普段と変わったところを探す⇒髪型が少し変わったことに気づく⇒「素敵だよ」と褒める⇒パートナーの機嫌がよくなる。と、いった一連の流れがパートナーと良い関係を保つ『マニュアル』であり、「じっくり見て気づく」ことが『観察』です。
一方で、奥さん(彼女)の態度が悪い⇒機嫌が悪い⇒思い当たる節を考える⇒理解不能だが「触らぬ神に祟りなし」と判断⇒何か言われる前に家事を手伝いう⇒一先ず平穏。といった流れを導き出し、機転を利かせた対処をすることが『洞察』です。

つまり、『マニュアル』とはある一定条件の下での「解答(手引き)書」であり、活用するには『精度の高い観察力』が必要になる。一方で『マニュアルが無い』のは、事象そのものにどう対処すればいいか理解不能であり、今以上にネガティブな状況を作り出さないために『必死で察知する洞察力』が必要ないなる。

『マニュアル=解答書』であれば、企業活動(事業)においてマニュアル通り=最低ラインの成果であり、より良い成果を得るには『観察力』を発揮し、現状を打破するには『洞察力』を身に着ける必要があるってことです。

結論として、『マニュアルに固執』とは、最低限の成果しか得られないことになる。


コンサルタントとして、クライアント様に最低限の成果を提供しては意味がない!だから、『観察力と洞察力』を駆使して「最高の成果」を提供します。

『最高の成果』を求める「中小企業経営者の皆さん」、いつでも、どんなご要望でもウエルカムですよ!

 『マニュアル』

作業効率を高め、生産性をあげるには「マニュアルを整備し、業務の標準化をはかるべき…」って、よく聞く言葉です。

そうかと思えば、「決まったマニュアルなんて無い。一人一人が何がベストかを常に考え行動している…」って、某有名企業の仕事ぶりを紹介するときに言われてたりもする。

マニュアルって必要なの?

色々な考え方によって答えは違うだろうし、ヒョットしたら「無いよりは有った方が良い」ってレベルの回答に行きついてしまうのではないか…。
例えば、先日もブログの題目にした「コンプライアンス」の視点で行けば『必要』って、ことになるだろう。所謂、決まりごとに対して、クリアするべき条件を定めておく必要があり、脈々と継承する必要から「誰もが同じ受け止め方で理解できる手引書」、すなわち「マニュアル」は必要不可欠だ。

個人的に『マニュアル』は必要だと思う。

しかし、クライアント様に対して『マニュアル化』の必要性を話はするが、経営改革や業務改善のために『マニュアル化』を推進はしない。
というより、改革、改善をしようとする企業は、既存のままではダメだと思ってコンサルタントに「新たな戦略、戦術(手法)の導入」を求めているのに、既存を肯定しても何ら変化はない。

結局、「マニュアル云々」って、いう人は自らの観察力、洞察力を駆使して『問題点』の抽出が出来ないから規定値を外れていることが『ロス』の源って言ってるんだと思う。
そう考えると、冒頭の某有名企業は『従業員全員が観察力と洞察力』をしっかり鍛えているんだな~。

企業において『観察力と洞察力を鍛える』と、どんなメリットがあるのか?

経営者視点と従業員視点にたって考察してみよう。


そうそう、「マニュアル」って使い方によっては、かなり『ブラックパワーを発揮』するので活用と悪用を間違えないことが肝心です!

『縁』

10年前の1月20日、15年間務めた会社を辞めようと決断した日です。

長年勤めた会社を辞めてから、紆余曲折ありましたが仕事の上で自分の思いを具現化出来るようになり、何とか頑張ってこれています。

とはいえ、ここに辿り着くまでの間には多くの方々に出会い、様々なご縁を頂戴して思いもよらない幸運に恵まれたと思っています。
20代のころは「勘違い」から人との出会いを蔑ろにし、30代になり家庭を持って初めて『人と人との繋がり』により安らぎを感じ、40代になり思いもしないところから「人との縁」を痛切に感じることが出来ました。

そして、50歳を目前に控え、『縁』は人との出会いから相互理解、親密な関係となることで、様々な運命が巡るようになるから大事にしなければならないと、周りに伝えはじめています。
実体験したからこそ『心の底から言える言葉』です。

でも、最近は
『縁』⇒『円』⇒『¥』
のように感じることが多い。

人との縁が巡り巡って、人のつながりという円になり、繋がりの中に利潤の循環がある。
だから『縁』は大切に!

このことに気づく原体験をさせて頂いたのは、H部長さんでした。
平塚に戻られてからは縁遠くなってしまいましたが、お元気でしょうか?

また、ゆっくりと飲み明かしたいな~。

 『創造力』

TVで無料受験勉強サイトmanaveeの特集をやっていたのでついつい見てしまった。

予備校が提供している動画授業を無料配信するという仕組みを現役東大生が立ち上げ、今に至るまでの過程と代表者の思いをインタビュー形式で話していた。

仕組み自体はアメリカでモデルケースがあったそうだけど、何故、その仕組みを実現し軌道に乗せようと思ったのか…という点のコメントに非常に興味を持った。

『既存の価値観で判断されたくない』という激しい思い。TVのインタビューで東大生は、「いい時しか知らない人事担当のオヤジに上から目線で評価されると思うとムカつく…。」みたいな過激な言い回しだったけど、自分の中で確固たる価値の創造であったり、未来の創造が出来ているから既成の枠組みに反発していくんだろう。

そんな風に考えると、今の日本って「起業」が「廃業」を大きく下回っているのは人々に『創造力』が無くなっているからなのだろうな~。

『こんなことすれば…』、『こんな風にすれば…』って色々なビジネスプランや改革案を人は持っているはずなのに、「そんなことやったことないから…」、「ルールから外れるから…」っていう既成概念で押し潰しちゃっているんじゃないかな…。

『創造力』を目一杯働かせて新しいことに挑戦してみよう!

『ダメ』、『ムリ』っていう組織なら飛び出しちゃえば良いと思う。

既存の組織の中で思い切り足掻いて、必死に食らいついても実現できない『何か』を信念もって貫くんなら絶対成功するはずだし…。

そんな、『創造力』一杯の起業家が多くなればいいな~。

断捨離

仕事の上で事務所を構えていないので、自宅兼事務所と
なっているので、4LDKの我が家ですが1室を事務所兼
書斎として占拠しているのですが、書類がどんどん溜
まっていく…。

年末に処分したはずなのに、既に何がなんやら…って
感じで書類が増えている。

今から、書類整理および不要物の廃棄です

フゥ~

毎度のことながら、要、不要の仕分けだけで数時間が
掛かるんだよね…。

クライアントには5Sって口煩く言ってるので、一気に
片づけて完璧なファイリングします!

がんばってるね(by 次女)

年初の目標でいくつかの資格、検定試験を受験、合格する
と決めたので、毎日少しずつコソコソと勉強を継続中!

ま、どんな資格、検定なのかは秘密ですが…。(笑)

因みに、中小企業診断士の資格試験勉強はしてます!
今年こそは、晴れて合格といきたいもんですが…

それ以外に、興味のある資格、検定がいろいろあるので
ついつい欲を出してしまうんで、どんどん忙しくなり
睡眠時間を削る羽目に…。(トホホ)

今日も、朝5時過ぎからリビングでコタツに入りながら
本を読んでいると、寝ぼけまなこで起きてきた次女が、
「何の勉強してるの~?」
と、聞いてきた。
「○○の勉強だよ」
と、答えると

『パパは頑張ってるね!!!』

なんか、嬉しくなってきた!

皆に励まされながらだけれども、粉骨砕身で頑張るゾ

コンプライアンスを考える

コンプライアンス=法令遵守って声高に叫ばれている
けど、何のためにするのでしょうか?

守るべき法令って何?

商法、労働法、民法、刑法…

守らなければいけない法令は数限りなくあります。

しかし、多くの企業を見ているとコンプライアンスを
声高に叫び、その上で企業活動を円滑に行う術しっかり
と考え実践しているか?

非常に疑問です…。

以前、あるクライアント先であった実例ですが…。
営業面で苦戦が続いていた中で、中元、歳暮用商材の売上
低迷が資材ロス、在庫増など業績低迷に拍車をかけていま
した。

そこで、中元、歳暮用商材をお取引先(仕入先、業者)に
販売促進していく方法も執るべきではないかと提案したと
ころ、即座に

『下請法に抵触するから出来ない!』

『そんなことも知らないで提案するのは非常識』

と、コンプライアンス云々を声高に叫んでおりました…。


しかし、販売促進しようとする仕入先、業者の企業規模
は、クライアント先と同等かそれ以上の先ばかりだとい
うのに・・・。

尚且つ、割り当てや強要ではなく、企業が中元、歳暮を送る
際にどこかのお店で購入するのであれば、同等もしくはそれ
以上にサービス(価格面も…)を提供する旨を明確にし、相
応の営業をするのが前提の施策なんですが…。

結局、このクライアント様は
「コンプライアンス上出来ない」
と結論を下されたのですが・・・。

コンプライアンス

当たり前のことです。

ただ、遵守すべき法令も度々改正され全てを把握することは
非常に難しく、士業の方にお伺いしても「専門外」なので詳
しく判らないという返答もよくあります。

このような事態を避けて、コンプライアンスを推進するには
声高に叫ぶ面々こそが、自ら汗を流し情報収集、研鑽を重ね
「コンプライアンス」
に対して、企業に則した正しい解釈をするべきだと思う。

企業の社長様
コンプライアンス担当の役員様

どこかの監査法人に言われるがまま「コンプライアンス」を
推進してませんか?
キチンと理解し実践しないと
「コンプライアンス倒産」
は本当に起こりますよ~。

二日酔い…

昨夜は、サラリーマン時代の先輩が中国(上海)駐在をされる
事とになり壮行会と称しての飲み会でした。

1か月前にも忘年会で集まっていたので、参加者は先輩、後輩
総勢6名とチョット寂しい壮行会でしたが、飲んで食べてワイ
ワイ騒いで楽しいひと時でした。

しかし、先輩も今年50歳になるというのに単身中国に出向き
ビジネスをされるというバイタリティはすごいです!

年を重ねるたびに、考え(思い)と行動力が一致しない事が増
えて行く今日この頃ですが、まだまだ身近に元気にバリバリ活
躍する人がいる。

老け込んでなんかいられません!

先輩に負けじと頑張るぞ!

T先輩、上海でご活躍祈ってます。

今年の目標

今朝、昨年から参加している勉強会に出席しました。

今年最初の会合ということで10数名の出席者の方がみえて
いました。
朝7時の開始でしたが、前夜の夜更かし(末っ子の看病)が
たたってしまい10分ほど遅刻してしまいました…。

年初の会合ということで、皆さんから今年の目標が述べられ
色んな刺激を受けました。

で、自分の今年の目標は…。

第1に、健康であること
(年始に運動したらふくらはぎを肉離れしたので、特に要注意)
第2に、体重を75kgまでダイエット
(現在、85kgをどこまで落とせるか・・・)
第3に、物欲を叶えるために目一杯頑張る
(何のために働くのかを突き詰めると、物欲にたどり着いた)

ということで、大好きなブランド「Brooks Brothers」のスーツ
で颯爽と仕事をこなすエグゼクティブ目指して頑張ります!

プロフィール

オフィス キーウエスト 代表 寺澤進吾

Author:オフィス キーウエスト 代表 寺澤進吾
あれもしたい!これもしたい!もっともっとしたい!
経営コンサルタントとして起業し、数年が経ち自らの成長を実感しながらも、日々の忙しさから「やりたいこと」、「できること」、「やらなければならない事」がゴチャマゼ…
自らを奮い立たせ、夢の「カリスマコンサルタント」目指して日々精進!

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